23007000763
三日坊主という妖怪が実在するとしたら、一体どんな風体の野郎なんだろうか。坊主というくらいなので、性別はおそらく男だろう。妖怪なので雄雌なんて関係のない異形のモノなのかも知れないが。頭はピッカピカに禿げ上がっていて、身長は優に2メートルはあるかもしれない。年齢でいうと30代から40代にかけての立派なオッサンであることに疑いようがなさそうだ。ヨレヨレの黄ばんだTシャツに、昭和のパジャマの定番のような水色と白のストライブ柄のステテコに下駄履きという恰好。一年中そんな風に薄着なのに、真冬でもびっしょり汗をかいていて、焦点の合っていない虚ろな目でいつもニヤニヤしている…。でもこれじゃあ、知的障害のある暴力団のお方と大した相違はないか。

それにしても、随分とブログをお留守にしてしまった。書きたいことは日々、ボクの頭の中にある犬小屋ほどのちっぽけな部屋に、片づけられないゴミのように溜まっていくのだが、なかなかどうして書く時間というのが捻出できないものだ。その最たる理由は忌々しい疲労のせいだだろう。最近やたらと疲れてしまうのだ。溜まりにたまった疲労感は、何よりもまず物を書くという行為の大敵のようである。そして頭の中に滞積したあれやこれやが、時間の経過とともに南国フルーツのような隠微な腐臭を放ち、日に日に干からびて言葉の鮮度がなくなっていくのだ。そのことが疲労感をさらに増大させるという悪循環である。いや単にボクは歳をとって体力が衰えただけのシンプルな話かもしれない。

先日、池袋駅前の古本市にふらりと立ち寄った。ここ最近、落語関係本を中心に何冊か探している本があったことと、用事で人と待ち合わせをしていて、少々手持無沙汰な時間があったため、偶然開催していた古本市はボクにとって好都合だった。探している本は、特に急を要してるわけではなく、あればメッケモン(ポケモンではない)だ、というスタンスである。総じて探し物というのは血眼になっているうちは見つからないのは世の常だ。だからその因果律に従って「本気で探していない」という自己催眠をかけているのである。それがどれだけ効果があるか知る由もないが。結局、物色していた本はみつからなかったが、ひとつ面白いものを見つけた。

それは戦時中の鼠色の表紙の「国民學校教科書」である。これが段ボール箱の中に数冊、無造作に押し込まれていた。本文の書体は秀英系の曲線が美しい明朝体の活字である。これらの教科書がどういう経緯でこの箱の中に辿り着いたのか想像すると、ペーソスに富んだストーリーが背後に隠れているようでなんだか興味深い。数年を経て、潮流の従うままに海を渡る漂着物のようだ。ボクはその中でとりわけ保存状態が良好だった国語の教科書を手に取ってみた。物資が極端に不足していた時代の教科書のせいか、当時の学生は「めちゃめちゃ大事」に使っているような先入観があったのだが、ページを開けてほどなくして見事に予想を裏切られる。細密描写のペン画の人物に、丹念な悪戯書きが施されていたのだ。眼鏡が付け足され、ご丁寧に不本意なお髭まで生やされている。未来の見えない閉塞的状況下にあっても、悪ガキはちゃんと存在していて、鬼のような怖い先生の目をかいくぐり、授業をボイコットしていたという証左なんだろうね。

古本市を後にして、人と会う用事を済ませた後、ボクは地下鉄に乗って帰宅した。常々思っているのだけど、地下鉄の運転席から時折聞こえてくる「チン」という音は、昭和にタイムスリップしたようなノスタルジックな響きがして悪くない。あれは運転士の指差し確認のようなもので、要所要所で鳴らすものだと勝手に確信していたのだが、ATC(自動列車制御装置)の車内信号の音で、制限速度が変化した時に自動で「チン」というベル音が鳴り、運転士に知らせているのだそうだ。もっとハイテクな響きの電子音とかにせずに、あえて風流な音にしたのは何故なのか気になるところだが、センスがあっていいなあと感じる。

音の話題が出たところで、数年に一度ボクの身に起こる幻聴現象について書いておきたい。これは忘れたころに不意に起こるミステリアスな出来事である。入眠時、何かやるべきことがあってうつらうつらしている時、頭の中で「バン!」という爆発音が聞こえるのだ。初めてこの現象に見舞われた時、寝ぼけて爆発物が登場する夢でも見ていたのかと錯覚し気にも留めなかった。その次に起こった時は、最初に起こった時よりも意識はクリアだったので、外で爆音がしたと感じ思わず深夜にも関わらず窓を開けて目を凝らして外を凝視したものだ。この時も頭の中で生じた現象であると、認めたくない心理が働いた。こういった類の超常現象は、他人に降りかかった時は興味津々なのだけど我が身は別であって御免こうむる。それでこれらの出来事は、なかったことにしてやり過ごして生きていた。それで特に不都合はなかったし、もし脳内の重篤な欠陥があったのなら、もっとはっきりとしたサインがあるべきだと思っていたのである。ところがこの現象は、20%の人に起こる「頭内爆発音症候群」という病気であることが判った。はっきりしたことは分からないが、ストレスが原因ということらしい。とにもかくにも、ストレスは現代人の大敵であるようだ。とはいったって、ストレスはきれいさっぱり霧消するなんてことは多分死ぬまでないだろう。せめて、頭の中の爆音が地下鉄の「チン♪」のような、チャーミングな音のセレクトだったらいいのになあ。もしも脳内を管理するアプリがあるのなら、何種類か幻聴をセレクトできたらナイスなんじゃないだろうか。