図書館
かれこれ10年以上昔の話だか、ボクが豊島区民だった頃、地元にあった旧豊島区中央図書館(以下、旧館)へはよく足を運んだ。旧館の男子トイレからは、サンシャイン60が少しだけ覗ける窓があって、トイレに行くときは、その窓からサンシャインを眺めるのが好きだった。たまに鍵がかかっていて開かないことがあったけど。ボクが二度目に入社したデザイン事務所を退社するときの退社届を書いたのも、旧館の閲覧室。退社を決意するに至ったのは、社内で起こったやっさもっさのトラブルが原因だった。そのときのやり場のない怒りを今でもありありと覚えている。ああ、若気の至り。ちょっと向こう見ずだったが、あれは辞めて正解の退社だった。

旧館は、地方の公民館ような5階くらいの鉄筋建築で、1階の児童館を除き全てが図書館という構成だった。ボクのおぼろげな記憶では、確か2階(3階かも?)には、カレーライスや、うどんなどの軽食を出す、大学の学食のような昭和感丸出しの食堂があった。もちろんコーヒーや紅茶の喫茶メニューもあったはずだ。当時のボクはジリ貧で、外食でお金を使うという生活習慣も概念もなかったので、残念ながら旧館で一度も食堂を利用したことはない。一度くらい、あそこのカレーライスを食べときゃよかったな、とちょっと後悔の念が湧く。素朴な味かと思いきや、意外とエスニックの粋を極めたギンギンの本格派の味だったりしてね。ちなみに現在の豊島区中央図書館(以下、新館)は、東池袋駅前の新築の高層ビルの4~5階に移設されてから、今年で8年目を迎える。残念ながら新館には、食堂はない。

食堂のある図書館って、ちょっと素敵だが、運営となると一苦労あるようだ。聞きかじりのアヤフヤな情報だが、飲食系の施設が図書館とドッキングしていると、紙類の大敵であるネズミ被害の心配とか頭の痛い問題があるので、色々と面倒だとか。とはいっても書店と同じビルにテナントしている飲食店は結構あるよね。都内でも食堂がある図書館は、調べると実は結構あるのだ。昨今の本離れの影響なのか、この頃の図書館は随分とサービスが花盛りのご様子。お茶も飲めるし、ランチもできるので、本好きカップルが図書館デートをすることもあるんだとか。これって20年前くらいの漫画喫茶デートを彷彿とさせるな。都内の図書館の穴場スポットでいうと北区中央図書館が凄い。赤煉瓦のオシャレなカフェがあるそうだ。フリースペースでお茶もできるらしい。さすが、かのペイティさんの住む北区は、ポイントが高い。

食堂のある図書館というと、国会図書館がメジャーらしいが、有栖川公園内の都立中央図書館も人気のスポットらしい。ここは随分前、仕事の資料探しに数回行っただけで食堂があるのは知らなかった。有栖川公園といえば、園内にある愛育病院で知人が出産をしたので、一度付き合いで行ったことがある。お産に関しては伝統があり、屈指の病院だったらしいけど、その伝統的なものの常としてのしきたりがあり、知人はその堅苦しさに疲れているように見えた。当時の病院は、建物が随分と古めかしい印象があったが、現在は改築され最新の医療器具を導入しているに違いない。知人夫婦とは、それ以降ぷっつり縁が切れてしまった。

先ほどカレーの話題が出たので、話のちょい足しをしよう。ボクが学生の頃、初めて新宿の紀伊国屋書店に行った時こと。カレーの匂いのする本屋があるのか!と痛く関心を抱いたものだ。今では「紀伊国屋」でググろうとすると、予測変換で「カレー」が出てきそうだが、もちろんインターネットなんて便利なものはこの世に存在しなかった。そういえば、紀伊国屋のカレー(モンスナック)は未だに制覇していないではないか。これは一大事。今度新宿に行ったら、ちゃんと食べておく必要があるかも知れない。

街はあっという間に、まるで鬼の居ぬ間の洗濯のように、気が付くとガラリとイノベーションしてしまうことがある。この場合の一体、何が「鬼」なんだろう。わからない。ともかく後悔しても後の祭りだ。気になる店があったら、潰れないうちにちゃんと来店しておきたい。クラッシュアンドビルドが起こるのは、何かの利権とか公的な再開発とか大人の事情なんだろうね。天下の紀伊国屋書店だって、もしかしたら例外じゃないのかも。そういえばつい一週間前に紀伊国屋に行った時、地下にあった創業50年くらいの舞台化粧品店が閉店になっていて驚いた。ボクは芝居もやらないし、ドーランの必要も全くないけれど、そこにあったものが街からフッと消えてしまうのは、お気に入りのシャツからボタンが一つなくなってしまったようで無性に淋しいものだ。

目に見えてはっきり分かる変化もあれば、外側が同じで中身が変わる変化もある。昨日、某駅で人と待ち合わせをしていて、時間つぶしで駅前のマックに来店した。前回その店に行ったのがいつかはもう忘れてしまったけど、主たるバイトの店員はみんな学生だった気がする。昨日の店員は、明らかに50歳以上のオバサン3人がレジカウンターの最前線に立っていて、キッチン係は全員若い外国人男性だ。オバサンの動きには無駄がなく、仕事さばきに卒がなかった。あの仕事振りは、あの年齢で会得した接客テクニックじゃなくて、30年くらい前、学生だった頃に一度バイトやったことのある元キャリアのおばちゃんなのではないだろうか。そうじゃないとすれば、オバサンパワー恐るべしである。このようにして、様々な時代背景を反映して、世の中もちょっとずつ変わっていくのだ。

ボクはコーヒーをオーダーし、待ち合わせの時間近くまでぼんやり座って過ごしていると、なんだかもの凄くヘンな臭いがした。怪しい臭いほど、発生源が気になるもので、こんな時ボクは必要以上に吸引してしまう癖がある。どうやら店内の一番右端の二人席で、小さなテーブルに頭を突っ伏している若いカップルからの刺激臭らしい。年齢は二人とも20代後半といったところだろうか。彼らは睡眠お断りの店内で店員にばれないように(まるで二人で何か考え事をしているような体勢で)ひっそりと寝ていた。二人のテーブルの下にはこじんまりした旅行カバンが2つ仲良く置かれている。時刻はまさに正午。マックはランチで1日の中で一番忙しい時間だろう。もし、カップルに気付いても咎める店員はいない。マックは多分夢の国。ランランルー。

何らかの事情で田舎から出てきて、旅費を節約するために彷徨しているのだろうか。それとも住んでいたどこかから、追い出しを食らったのか。わからないが、二人は疲れているように見えた。分かるのは、二人ともくたくたで、風呂に入っていない、ということ。時折、女性のほうがムクリと起きだして思い出したように7インチのタブレットPCをいじっている。マックは売り上げの低迷から、24時間営業から次第に撤退しているらしい。二人のような境遇の人々が、ちょっとだけ羽を休める安住の地を奪われた時、どこに向うんだろう。24時間営業のコンビニに、最近イートインコーナーが増えている。ボクもたまに利用するのだが、そこに「瞑想禁止」というエキセントリックな貼紙があったな。以前、瞑想する困った客がいた、ということか。
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店員「ちょっと、お客さん、ここで寝ないでくださいよ」
お客「あ、なんだって?ワタシが寝ていたと?」
店員「寝てたじゃないですか!ここで寝られると困るんですよ」
お客「失敬だな、キミ!ワタシは瞑想していたのじゃ~」
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そんな店員と客のとの”迷走”した攻防があったんだろうね。
 
勝手な妄想だが、日本各地にある図書館にコインシャワーを併設したらどうだろうか。シャワーを使うと3時間くらい仮眠もできる。そんな仮眠用安楽椅子(ファーストクラスの座席みたいなヤツ)がある図書館。ついでに携帯電話の充電もできる24時間営業の図書館。マックでスリリングな仮眠をするよりも、コンビニで瞑想のフリをするよりも健全な気がするのだ。ついこないだニュースサイトで、シングルマザーを襲うのは「孤独」と「経済問題」ということが書かれていたが、シングルマザーじゃなくっても「孤独」と「経済問題」は永遠のテーマじゃないだろうか・・・。そんなことをマックの中で考えていた。